みーどぅし あらたまぬとぅし でーびる
ぐすーよー ゐー そーぐゎち んけーゐみ そーちゃがやー
にんしー から ちゅーまでぃ そーぐゎち すんち
ぬーがやら いちゅなさぬ みーどぅしぬ えーさちん
ちゅーる なとーいびーる
むちかしい くと〜 かちぇ〜 さびらんくとぅ
くとぅしん また あまはい くまはい さびーんでぃ
うむいびーしが んま〜 くねーてぃ とぅらしみそーり
くくるから みるくゆー うにげーさびら
ぐすーよー ゐー そーぐゎち んけーゐみ そーちゃがやー
にんしー から ちゅーまでぃ そーぐゎち すんち
ぬーがやら いちゅなさぬ みーどぅしぬ えーさちん
ちゅーる なとーいびーる
むちかしい くと〜 かちぇ〜 さびらんくとぅ
くとぅしん また あまはい くまはい さびーんでぃ
うむいびーしが んま〜 くねーてぃ とぅらしみそーり
くくるから みるくゆー うにげーさびら
なぁー あち やっさーやー
もう 秋 なのねぇ〜
(3) (11月初旬のある日)
にばの〜 「チェルシー」 ぬ CM がやーやー うぬ とぅーじぬ
二番は 「チェルシー 」 の CMかしらね その 当時の
CM んーじーねー わかさいにぬ くとぅ うびんじゃち
CM(を) 見ると 若かった頃の 事を 思い出し
あぬ まんぐら〜 ありん さんでー ならん くりん さんでー
あの 頃は あれも しなければ ならない これも しなければ
ならん また ありん しーいきらさい くりん たらーんあい わかさいに
ならない また あれも し少ないし これも 足りないし 若いうちに
そーかんでー ならんむんぬ んち めーにち どぅーぬ
しておかなければ ならないのではないか と 毎日 自分の
くとぅ すんち ぱたぱた いちゅなさ そーたぬ じぶん やたっさーやー
事(を) しようと ぱたぱた 忙しく していた 時分 だったわね
なちかしくる ないる
懐かしい(気持)に なってしまう
ギターん コードんちょー ひちかんてぃーる すてーるむんぬ
ギターも コードさえ 弾き兼ねる様な(レベル)を していたのに
ギター むっち なま かんげーてぃ んーでー
ギター(を) 持って 今(になって) 考えて みたら
うぅかさ〜 あっさーやー
可笑しくは あるわね
やしが あぬ まんぐら〜 むるっさ むっちる うぅてーるむんぬ
だけど あの 頃は 皆 持って(居る状態)で 居たのだもの
だけど あの頃は みんな 持っていたのよ
うぬ CM ちちーゐねー ちむん やふぁってん ないんねーっし
その CM(を) 聴くと 心も 柔らかく なる様で
うたん うたゑー しーゆーさんしが うたてぃ んーだなやー んでぃ
歌も 歌えは しないが 歌って みようかな と
うむゐ―ゐ んなぬ しあわしん にがいぶさ なてぃ
思うし 皆の 幸せも 願いたく なって
どぅーん しあわしな くくるむち ないっさーやー
自分も 幸せな 心持(気分)(に) なるわねぇ
さんばの〜 「恋人もいないのに」
三番は 「恋人もいないのに」
うたぬ とーい わったー がくしー じぶの〜 ゐなぐんちゃ〜 どぅーしーる
歌の 通り 私たちが 学生の 頃は 女性 どうしで
はなしーん すたしが いちなれ〜 しるんま ぬてぃ
話を していたのだが 何時になれば 白馬(に) 乗って
王子様ぬ ちゅーがやーやー んち ゆんたくひんたく すたしが
王子様が 来るのかしらね と お喋り(を) していたが
いちぬ みーにが くぬちゃ なたら
いつの 間に この年(に) なったのか
なま〜 大オジサマとぅ 大オバサマる なとーるむん
今は 大オジサマと 大オバサマに 成ってしまっている
んん〜!! 大ジジサマ 大ババサマがやら わからの〜 あしが・・
んん〜!! 大ジジサマ 大ババサマかも 知れないでは あるが・・
んん!! 大ジジサマ 大ババサマかも知れないけど・・
ちぬーぬ ぐとぅる あしがやー
きのうの 事の様で あるのだけどねぇ〜
きのうの事のようだけどねぇ〜
ふんに あちる なとーっさー どぅちゅいむにーん うふくなてぃ
ホント 秋に なったのねぇ〜 独り言も 多くなって
(終)
もう 秋 なのねぇ〜
(3) (11月初旬のある日)
にばの〜 「チェルシー」 ぬ CM がやーやー うぬ とぅーじぬ
二番は 「チェルシー 」 の CMかしらね その 当時の
CM んーじーねー わかさいにぬ くとぅ うびんじゃち
CM(を) 見ると 若かった頃の 事を 思い出し
あぬ まんぐら〜 ありん さんでー ならん くりん さんでー
あの 頃は あれも しなければ ならない これも しなければ
ならん また ありん しーいきらさい くりん たらーんあい わかさいに
ならない また あれも し少ないし これも 足りないし 若いうちに
そーかんでー ならんむんぬ んち めーにち どぅーぬ
しておかなければ ならないのではないか と 毎日 自分の
くとぅ すんち ぱたぱた いちゅなさ そーたぬ じぶん やたっさーやー
事(を) しようと ぱたぱた 忙しく していた 時分 だったわね
なちかしくる ないる
懐かしい(気持)に なってしまう
ギターん コードんちょー ひちかんてぃーる すてーるむんぬ
ギターも コードさえ 弾き兼ねる様な(レベル)を していたのに
ギター むっち なま かんげーてぃ んーでー
ギター(を) 持って 今(になって) 考えて みたら
うぅかさ〜 あっさーやー
可笑しくは あるわね
やしが あぬ まんぐら〜 むるっさ むっちる うぅてーるむんぬ
だけど あの 頃は 皆 持って(居る状態)で 居たのだもの
だけど あの頃は みんな 持っていたのよ
うぬ CM ちちーゐねー ちむん やふぁってん ないんねーっし
その CM(を) 聴くと 心も 柔らかく なる様で
うたん うたゑー しーゆーさんしが うたてぃ んーだなやー んでぃ
歌も 歌えは しないが 歌って みようかな と
うむゐ―ゐ んなぬ しあわしん にがいぶさ なてぃ
思うし 皆の 幸せも 願いたく なって
どぅーん しあわしな くくるむち ないっさーやー
自分も 幸せな 心持(気分)(に) なるわねぇ
さんばの〜 「恋人もいないのに」
三番は 「恋人もいないのに」
うたぬ とーい わったー がくしー じぶの〜 ゐなぐんちゃ〜 どぅーしーる
歌の 通り 私たちが 学生の 頃は 女性 どうしで
はなしーん すたしが いちなれ〜 しるんま ぬてぃ
話を していたのだが 何時になれば 白馬(に) 乗って
王子様ぬ ちゅーがやーやー んち ゆんたくひんたく すたしが
王子様が 来るのかしらね と お喋り(を) していたが
いちぬ みーにが くぬちゃ なたら
いつの 間に この年(に) なったのか
なま〜 大オジサマとぅ 大オバサマる なとーるむん
今は 大オジサマと 大オバサマに 成ってしまっている
んん〜!! 大ジジサマ 大ババサマがやら わからの〜 あしが・・
んん〜!! 大ジジサマ 大ババサマかも 知れないでは あるが・・
んん!! 大ジジサマ 大ババサマかも知れないけど・・
ちぬーぬ ぐとぅる あしがやー
きのうの 事の様で あるのだけどねぇ〜
きのうの事のようだけどねぇ〜
ふんに あちる なとーっさー どぅちゅいむにーん うふくなてぃ
ホント 秋に なったのねぇ〜 独り言も 多くなって
(終)
なぁー あち やっさーやー
もう 秋 なのねぇ〜
(2) (11月初旬のある日)
なーんじ さちょーぬ はな んーちゃい You Tubeっし
庭で 咲いている 花(を) 見たり You Tubeで
わかさいにぬ CM んーちゃい ちちゃい しーねー ありくり
若い時の CM 見たり 聴いたり すると あれこれ
はまとーたぬくとぅ うびんじゃち また はまらなやー んでぃ うむいん
頑張っていたこと(を) 思い出し また 頑張ろうかな と 思う
ふんに あちどーやー
実に 秋よねぇ〜
ぬー んーだわん ちぶるん ふぁーなてぃ
何(を) 見ても 頭も ぼーっとなって
わかさいにぬ CMんでぃ いいねー いちばの〜 ぬーんでぃいちん
若い時の CMと いうと 一番は 何といっても
スカイラインのCM 「愛と風のように」る やっさーやー
スカイラインのCM 「愛と風のように」が そうね
スカイラインのCMで「愛と風のように」がいいわね
ちむん などぅってん なてぃ ゐー くくるむち でーるむん
心も なだらか(穏やか)(に) なって 良い 心持ち である事よ
心も穏やかになって良い気分になるもの
ぬーぐとぅぬ あてぃん うっさる
何事が あっても その量(頑張れる限界迄)は
はまらりーてーるやー んでぃ うむてぃ
頑張れたのではないかな と 思い
やるべき事をやれるだけは 頑張ってやったのではないかと思い
やーやーとぅ ないんねー すいやー
ほっした気分(に) なる気が するしね
車ぬくと〜 ぬーん わからの〜 あしが くるまぬ
車の事は 何も 分からないでは あるが 車が
あっちょーし んーじーね〜 なままでぃ あっちちゃぬ
歩いている(走っている)のを 見ると これまで 歩いてきた
車に自分の人生を重ね合わせ走っている(歩いている)様で
どぅーぬ 人生 んーちょーん ねーっし くーてん ぐゎー
自分の 人生(を) 見ている 様で 少し (小)
なか ゆくいっし また あっかなやー んでぃ うむいん
中 休みをし また 歩こうかな と 思う
くぬちゃ なとーるむん
この年(に) なっているもの
なままでぃ ちゃっさが あっち ちゃらやーやー
今まで どれくらい 歩いて 来たのかしらねぇ〜
そうこうきょれ〜 ちゃっさが なたらやーやー
走行距離は どれくらい(に) なったのかしらねぇ〜
もう 秋 なのねぇ〜
(2) (11月初旬のある日)
なーんじ さちょーぬ はな んーちゃい You Tubeっし
庭で 咲いている 花(を) 見たり You Tubeで
わかさいにぬ CM んーちゃい ちちゃい しーねー ありくり
若い時の CM 見たり 聴いたり すると あれこれ
はまとーたぬくとぅ うびんじゃち また はまらなやー んでぃ うむいん
頑張っていたこと(を) 思い出し また 頑張ろうかな と 思う
ふんに あちどーやー
実に 秋よねぇ〜
ぬー んーだわん ちぶるん ふぁーなてぃ
何(を) 見ても 頭も ぼーっとなって
わかさいにぬ CMんでぃ いいねー いちばの〜 ぬーんでぃいちん
若い時の CMと いうと 一番は 何といっても
スカイラインのCM 「愛と風のように」る やっさーやー
スカイラインのCM 「愛と風のように」が そうね
スカイラインのCMで「愛と風のように」がいいわね
ちむん などぅってん なてぃ ゐー くくるむち でーるむん
心も なだらか(穏やか)(に) なって 良い 心持ち である事よ
心も穏やかになって良い気分になるもの
ぬーぐとぅぬ あてぃん うっさる
何事が あっても その量(頑張れる限界迄)は
はまらりーてーるやー んでぃ うむてぃ
頑張れたのではないかな と 思い
やるべき事をやれるだけは 頑張ってやったのではないかと思い
やーやーとぅ ないんねー すいやー
ほっした気分(に) なる気が するしね
車ぬくと〜 ぬーん わからの〜 あしが くるまぬ
車の事は 何も 分からないでは あるが 車が
あっちょーし んーじーね〜 なままでぃ あっちちゃぬ
歩いている(走っている)のを 見ると これまで 歩いてきた
車に自分の人生を重ね合わせ走っている(歩いている)様で
どぅーぬ 人生 んーちょーん ねーっし くーてん ぐゎー
自分の 人生(を) 見ている 様で 少し (小)
なか ゆくいっし また あっかなやー んでぃ うむいん
中 休みをし また 歩こうかな と 思う
くぬちゃ なとーるむん
この年(に) なっているもの
なままでぃ ちゃっさが あっち ちゃらやーやー
今まで どれくらい 歩いて 来たのかしらねぇ〜
そうこうきょれ〜 ちゃっさが なたらやーやー
走行距離は どれくらい(に) なったのかしらねぇ〜
なぁー あち やっさーやー
もう 秋 なのねぇ〜
(1) (11月初旬のある日)
うちなーん あち なとーんねー すっさーやー しだくなてぃ
沖縄も 秋(に) なった様な(気が) するわね 涼しくなって
ぬー んーだわん むぬかんげーん うふくなてぃ
何(を) 見ても 物考えも(物思うことも) 多くなって
ふんに あちどーやー
実に 秋よね〜
わんねー あちさをー やぐとぅ ゐー しち なとーっさーやー
私は 暑がり なので 良い 季節(に) なったわよねぇ〜
しだく なたくとぅ また バラぬはなん さち ちょーい たぬしみでーるむん
涼しく なったので また バラの花も 咲いて きたし 楽しみよね
うふかじぬ ふちゃいに イチョウぎーん ふぁーぬ むる
大風が 吹いたとき イチョウ(の)木も 葉が 全て
台風でイチョウの木の葉が全て
うてぃてぃ ねーんたしが また おうおうとぅ ふぁーん んじてぃ ちょーん
落ちて なかったが また 青々と 葉も 出て 来ている
なまぐろ〜 やまとぅんじぇー 紅葉る そーるはじ やしがやー
今頃は 大和では 紅葉を しているはず だと思うのにねぇ〜
もう 秋 なのねぇ〜
(1) (11月初旬のある日)
うちなーん あち なとーんねー すっさーやー しだくなてぃ
沖縄も 秋(に) なった様な(気が) するわね 涼しくなって
ぬー んーだわん むぬかんげーん うふくなてぃ
何(を) 見ても 物考えも(物思うことも) 多くなって
ふんに あちどーやー
実に 秋よね〜
わんねー あちさをー やぐとぅ ゐー しち なとーっさーやー
私は 暑がり なので 良い 季節(に) なったわよねぇ〜
しだく なたくとぅ また バラぬはなん さち ちょーい たぬしみでーるむん
涼しく なったので また バラの花も 咲いて きたし 楽しみよね
うふかじぬ ふちゃいに イチョウぎーん ふぁーぬ むる
大風が 吹いたとき イチョウ(の)木も 葉が 全て
台風でイチョウの木の葉が全て
うてぃてぃ ねーんたしが また おうおうとぅ ふぁーん んじてぃ ちょーん
落ちて なかったが また 青々と 葉も 出て 来ている
なまぐろ〜 やまとぅんじぇー 紅葉る そーるはじ やしがやー
今頃は 大和では 紅葉を しているはず だと思うのにねぇ〜
めんそーれー
追記
「島めぐり」という沖縄民謡がある。
1番
ーーーーーー
糸満よいとこ めんそーり よー
いらして ね
めんそーり よー たい 糸満かい
(きっと)いらして(下さい) ね 女性敬語 糸満へ
と、さびの部分の地名を与那原、中城、具志川、名護、浜比嘉に
換え、各々良い所なのでいらして下さいという内容(私解釈)。
糸満よいとこ めんそーり よー
と、この歌の歌詞通りだと糸満は良い所なので、きっといらして下さいね。
(お待ちしています)という意味に感じられて、「有難う。きっと行くわね」と
応えるかもしれないが・・
このさびの部分の「めんそーり」を、「めんそーれー」に換えて
糸満よいとこ めんそーれー
だと、出不精でもある私は・・んん〜・・行かない・・かな・・。
めんそーり ⇒ いらっしゃい(ませ)
めんそーれー ⇒ いらっしゃれ(ば)・・こんな感じかな・・。
もうひとつ・・めんそーれー
例えば、すでに座しておられるおじいさんに、「たんめーたい めんそーれー」
と声を掛けると「まーんかいよー? 何処へだ?」とおっしゃると思うが
最近では「いらっしゃいませ」の意味で「めんそーれー」と声を掛けられる
場面も出てきた。
気になる
この頃、自己紹介の場面など、「宜しくお願いします」の意味で
「ゆたさるぐとぅ うにげー さびら」という言い方をよく耳にする。
その言葉を聞くと、沖縄芝居などで、身分の上の者が、下の者に
向かって「ゆたさるぐとぅ かんげーてぃ とぅらし」と「よきにはからえ」の様な
場面を連想し、言葉は丁寧だがどうも上から言われているような感がある。
このブログの記事は、一般人の私的な感想です。
追記
「島めぐり」という沖縄民謡がある。
1番
ーーーーーー
糸満よいとこ めんそーり よー
いらして ね
めんそーり よー たい 糸満かい
(きっと)いらして(下さい) ね 女性敬語 糸満へ
と、さびの部分の地名を与那原、中城、具志川、名護、浜比嘉に
換え、各々良い所なのでいらして下さいという内容(私解釈)。
糸満よいとこ めんそーり よー
と、この歌の歌詞通りだと糸満は良い所なので、きっといらして下さいね。
(お待ちしています)という意味に感じられて、「有難う。きっと行くわね」と
応えるかもしれないが・・
このさびの部分の「めんそーり」を、「めんそーれー」に換えて
糸満よいとこ めんそーれー
だと、出不精でもある私は・・んん〜・・行かない・・かな・・。
めんそーり ⇒ いらっしゃい(ませ)
めんそーれー ⇒ いらっしゃれ(ば)・・こんな感じかな・・。
もうひとつ・・めんそーれー
例えば、すでに座しておられるおじいさんに、「たんめーたい めんそーれー」
と声を掛けると「まーんかいよー? 何処へだ?」とおっしゃると思うが
最近では「いらっしゃいませ」の意味で「めんそーれー」と声を掛けられる
場面も出てきた。
気になる
この頃、自己紹介の場面など、「宜しくお願いします」の意味で
「ゆたさるぐとぅ うにげー さびら」という言い方をよく耳にする。
その言葉を聞くと、沖縄芝居などで、身分の上の者が、下の者に
向かって「ゆたさるぐとぅ かんげーてぃ とぅらし」と「よきにはからえ」の様な
場面を連想し、言葉は丁寧だがどうも上から言われているような感がある。
このブログの記事は、一般人の私的な感想です。



